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太陽がくれたものは何だろう?

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太陽を描いてみました。 外に出て照りつけている太陽を描いたのではなく、今、私が想う太陽のイメージです。 こうしてイメージを色で表すということは、私の心の中にある     「太陽なるもの」 を色が私の目の前に連れてきたということです。 私という存在が自然からやってきたものである限り、私の心の中にも自然があります。 太陽が照って、風が吹いて、木々がそよいで葉擦れの音をたてるように 「私」の世界も自然が廻っています。 それがどんな表情をしているのか知りたくて描いてみたわけです。 太陽が出ているとなんだか明るい気持ちになります。 朝の太陽に照らされると、顔を上げて「今日も頑張ろう!」と思えます。 でも、今の酷暑をもたらす太陽はちょっと遮りたくなったりする。     この太陽はどんな太陽だろう?     「私」という世界をどのように照らしているのだろう?     この光に照らされるとどんな気持ちがするだろう?     この色でなければダメだったのはどうして? そんなことを自問自答します。 表したイメージから感じることは、「私」の世界がどんな世界かを知っていくことです。 この太陽の光に誘われるように、思わず顔を出した小さな緑の芽。 それが今の私に起きようとしている変化だと知らせてくれているよう。 私達は自然の色からたくさんのメッセージをもらっています。 色は自然が語る言葉。 そして色があれば、「私」というもう一つの自然と語り合うこともできます。 それって日常でできた絡まりをゆっくりとほどいていくように 「私」を大切に想うことです。

お母さんのためのくれよんday

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新型コロナウィルスの感染拡大により、しばらく開催できなかった講座 「お母さんのためのくれよんday」が久々のリアル講座で開催予定です。 7月9日(木)午前10時半より神戸市東灘区の毛利助産所にお邪魔します。 毛利助産所は開業以来60年、神戸は御影の地で親しまれてきました。 温故知新の精神で出産という深い経験を長きに渡り支えてこられています。 助産所主催の「子育ての会 ひなたぼっこ」にはお母さんたちが子ども連れで集い、 楽しいおしゃべりに花が咲きます♪ その「ひなたぼっこ」で色彩を使ったお母さんのための表現教室をさせていただいています。 色彩で自由にイメージを表現し、語りあう時間をもつと、心に生き生きとしたものが生まれていくことに誰もが気づきます。 何気ないおしゃべりの中にもたくさんの発見があったりして、 それが私の明日への元気になっていくのです。 今回は新型コロナウィルス感染防止を考え、マスクと検温、そして少人数での開催となりますが、ご興味ある方は是非毛利助産所にお問い合わせください。 7月8日まで予約受付中です。(078-841-2040) お子さん同伴でも助産所の守られた空間でゆったりと受講していただけます。 尚、遠方の方でご興味ある方には、zoomオンラインでの開催も対応しています。 下記メールアドレスまで是非ご相談ください。お待ちしています! ↓ 色彩心理学療法士 細川知子 毛利助産所HP はこちら。

夜の色

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日が落ちた後、やってくるのは夜の青。 でもこうして見てみると、青には多様な表情があることが見て取れます。 色は光の表情です。 ただし、光は光だけではその表情を表すことができません。 必ず闇という真逆のものとの関係性があって初めて生まれます。 青も光と闇共同作業によって生まれる色の一つです。 青は光の具合によって刻々と変化します。 光により近いところではより明るい水色に、 光から遠ざかれば遠ざかるほど青から群青に、そして濃紺へ どんどん深みを増していくのです。 それがまるでどこまでも遠ざかっていくように見えるから 思わず手を伸ばして追いかけたくなるのかもしれません。

色は自然が語ることば

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あじさいの季節がやってきました。 幼い頃からあじさいはを眺めているのが大好きでした。 赤紫?青紫? どっちの紫になるんだろうと。 その頃から紫にすでに引きつけられていて 子どもながらに紫の多様な表情に気づいていて どうもそのときの自分の心模様としっくりきていたのではないかと 大人になった今思います。 黄色に引きつけられている私と 紫に引きつけられている私とでは 明らかに心の中に違うものが生まれている。 そんなことも色彩を学んでいると気づいていけるのです。 なぜなら、「色は自然が語ることば」であって 私の内にも自然が息づいている。 だから色を見ると、心は感じて、語るのです。

色彩typhoon

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この日とある大学での最終講義だったのだが これまでの時間を束ねるという意味で「色彩環」を描いた。 「色彩環」を描くとなぜだか感謝とか、畏敬とか 自然界のあらゆる命が関わり合って私がここにいるということに しみじみとした思いでいっぱいになる。 「環」にするということは、閉じるとか 、 何かを完結させること。 一つの世界をその中に持たせること。 そして永遠にめぐり続けること。 これだけの色に満たされた世界に生きているのに 日常の諸々のことでともするとそのことを忘れてしまって ものすごく狭いある一部分で右往左往しているんじゃないだろうか。 それってなんてもったいないことなんだろう。 色彩typhoon こんな色とりどりの雲がやってきて、辺りをすっぽり覆ってしまったら そうしたら少しは何か変わるだろうか。 あきらめとか、悲しみとか、うらやみとか、争いとか、怒りとか そんなことも全部くるんで吹き飛ばしはくれないだろうか。

秘密

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多分人にはそれぞれ外に出さないように 自分自身の中にしまってきたことが色々あって でも、それはずっとしまわれたままではなく 実はスキを見つけては表れたがっているんじゃないかと思う。 今まで行ったことのない方向に 意を決して向かうことは勇気がいることだけど どこかでワクワクしている気持ちもないことはない。 そんなことも色は気付かせてくれたりします。

木がそこに根差すために

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大地にその力が十分に満ちた時 生命が生まれて 木は根差していくのかなと思う。