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夜の色

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日が落ちた後、やってくるのは夜の青。 でもこうして見てみると、青には多様な表情があることが見て取れます。 色は光の表情です。 ただし、光は光だけではその表情を表すことができません。 必ず闇という真逆のものとの関係性があって初めて生まれます。 青も光と闇共同作業によって生まれる色の一つです。 青は光の具合によって刻々と変化します。 光により近いところではより明るい水色に、 光から遠ざかれば遠ざかるほど青から群青に、そして濃紺へ どんどん深みを増していくのです。 それがまるでどこまでも遠ざかっていくように見えるから 思わず手を伸ばして追いかけたくなるのかもしれません。

色は自然が語ることば

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あじさいの季節がやってきました。 幼い頃からあじさいはを眺めているのが大好きでした。 赤紫?青紫? どっちの紫になるんだろうと。 その頃から紫にすでに引きつけられていて 子どもながらに紫の多様な表情に気づいていて どうもそのときの自分の心模様としっくりきていたのではないかと 大人になった今思います。 黄色に引きつけられている私と 紫に引きつけられている私とでは 明らかに心の中に違うものが生まれている。 そんなことも色彩を学んでいると気づいていけるのです。 なぜなら、「色は自然が語ることば」であって 私の内にも自然が息づいている。 だから色を見ると、心は感じて、語るのです。

色彩typhoon

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この日とある大学での最終講義だったのだが これまでの時間を束ねるという意味で「色彩環」を描いた。 「色彩環」を描くとなぜだか感謝とか、畏敬とか 自然界のあらゆる命が関わり合って私がここにいるということに しみじみとした思いでいっぱいになる。 「環」にするということは、閉じるとか 、 何かを完結させること。 一つの世界をその中に持たせること。 そして永遠にめぐり続けること。 これだけの色に満たされた世界に生きているのに 日常の諸々のことでともするとそのことを忘れてしまって ものすごく狭いある一部分で右往左往しているんじゃないだろうか。 それってなんてもったいないことなんだろう。 色彩typhoon こんな色とりどりの雲がやってきて、辺りをすっぽり覆ってしまったら そうしたら少しは何か変わるだろうか。 あきらめとか、悲しみとか、うらやみとか、争いとか、怒りとか そんなことも全部くるんで吹き飛ばしはくれないだろうか。

秘密

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多分人にはそれぞれ外に出さないように 自分自身の中にしまってきたことが色々あって でも、それはずっとしまわれたままではなく 実はスキを見つけては表れたがっているんじゃないかと思う。 今まで行ったことのない方向に 意を決して向かうことは勇気がいることだけど どこかでワクワクしている気持ちもないことはない。 そんなことも色は気付かせてくれたりします。

木がそこに根差すために

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大地にその力が十分に満ちた時 生命が生まれて 木は根差していくのかなと思う。

またよろしく。

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またこれから毎回この木に迎えられ、見送られながら通います。 今度はどんな出会いがあるだろうか。 何度やっても迷い、悩み、悔やみ、 余り進んでいるようには思えないけれど 時折訪れるしみじみとした喜びに背中を押されて 何とかやれているような気がしています。

ツキヲカイタヨ

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「仲良くなろう」と誰かに言われている気がした。 そう言ったのは誰だったろう。 この月なら仲良くなれそうな気がする。 なんか手をつなげそうな気がする。 月を描いた。 こんな月に照らされたら何でも正直に話してしまいそうな気がする。 いい事もほんとは隠しておきたかったかったことも。 そんな不思議な力が月にはあるような気がしてならない。 それはどうしてだろう。 月が放つ澄んだ光のせい? それとも月の周りを包んでいる闇のせい? 月は私の心の深い部分を照らす光になぞらえられます。 そこには忘れてしまっていた記憶や もっと以前の私が生まれていなかった頃のことや それよりも遥か遠い人間固有の記憶にまで及ぶものが大切にしまわれていて 色はそんなものにまで分け入ってひょいとイメージを連れてきたりしてしまうので 私はただただ素のままの自分でいるしかないのです。 色には時間をも超えて私の全体とつながる力があります。 色の本質を学ぶと自分自身の中にある深みに触れたりしすることがあります。